先日、ふと自分のスタジオのコンソール「CLAPTON HELIOS」のモジュールアンプカードのRECAP(コンデンサー取り替え)をして、音を今までのものと、RECAPしたものとを比較しながら、そうだよな〜と確信して思ったことを書きます。
音楽の「音質」において、人間は完璧なものよりも、不完全な音に「完璧さ」を見いだす。
「デジタルの粋」を極めると「引き算の無い音」になるが、昔のアナログコンソール+マルチテープ録音というノイズや歪みや周波数減衰がある音に「温もり」を感じるのは、人間が「不完全なアナログ生命」だからこそ惹かれ合うのかもしれない。
但し、ここで忘れてはいけないのは、アナログの機材にはデジタル信号にはない「倍音成分の付加」が存在する。これが更に人間的に心地良いといえる。
だからといって、デジタルそのものをを否定することは出来ない。
何故なら人間は急速な進化を求め、実行できる唯一の生命体。音質において「解像度」「位相特性」「ノイズレス」「原音再生」を目指すには、デジタルの粋・科学の粋が必要になるのも確か。
そしてデジタルには色々な進化の可能性があり、現在音楽制作の現場でも、高性能なデジタルプラグインを使って、良い音質作りができるようになってきた。ただし、それらのプラグインの殆どが「有名なアナログ機材やテープなどの復刻版(シミュレート)」。
但し忘れてはいけないのは、その要となる部品は、実にアナログ。
例えば、パソコンのパーツ類、デジタル信号を伝えて伝達するデジタルケーブルの導体や構造、デジタルクロックの部品である水晶やルビジウムやセシウムは、全て自然界に存在する部材を組み合わせて作ったアナログ部品の集合体。
そのアナログの集合体を、更に磨きあげていき、人間はデジタルの最高峰を目指すだけ。
だからデジタルはどこまでいってもアナログ。故に「完全を目指す」から良いものが出来上がっていく。

